意外な再会
         〜789女子高生シリーズ  


       



今いる日本の歴史で言えば、
戦国時代のすぐ後のような世界だったと思う。
人力を補えるほどの機巧が発達しつつも、
広範囲に満遍なく普及しなかったのは、
広い広い大陸が細切れに分かれていて、
なかなか統一の目を見ないままでいたからで。
それを目指してか、
はたまたそうであっては困るからと妨害してか、
ずっとずっと、あちこちで小競り合いが絶えなかった。

そんな時代の天辺にいる者、政治を動かす権勢者が、
侍だろうが貴族だろうが、金持ち・土地持ちだろうが、
どこの誰であろうが変わりなく。
時代の流れや風潮の変動にも、もしかして気づきもしないまま。
人の小賢しさなんて大きくは及ばぬ、
大地と空とだけ向き合って、
水と語り風を読み、大地の恵みを育んでいた人々こそが、
食料を産み出し、労働力に駆り出されという格好で、
時代を支えていた真の主役だったのに。
その時代は、残念ながら虐げられることのほうが多く、
大人も子供も苦しい生活を強いられていて。

  それでも、
  溌剌とした少女だったのを覚えてる

ホントは自分も農民だった。
でも、苦しいばかりな生活に嫌気がさして、
戦さの花形、侍になりゃあ、
その腕一本で一獲千金が望めそうだと聞き、
生家を飛び出し、何とか小金を作ると、
思い切ってその身に改造を施した。
だがだが、外の世界に出て判ったのが、
大きな戦さは もはや終盤で、
地方のあちこちで小競り合いがあるくらい。
正規の“仕官”が無理ならば、
せめて、それへと飛び込めるよう、
即戦力になれるよう、馬力を上げていった結果、
気がつけば全身を鋼の体に置き換えてしまっていて。
思い通りにならぬ立場や状況には慣れていたから、
後悔なんてしちゃあいなかったけれど。

  そうさな、
  色々と考えさせられたのが、あの合戦だったかな……




       ◇◇


思い切りのいい、行動派じゃああったが、
まだまだ稚い少女だったの彷彿とさせた、
ちょっぴり高くて細い声だったのは。
おっかない連中にからまれていた萎縮もあったろうが、
彼がまだ、所謂 変声期前だったからだろか。

 『えとえと、ありがとうごぜ…ございます。』

ほほえましい訛りを言い換えて、
ペコリと頭を下げた動作もたどたどしい、制服姿の小柄な男の子。
さくらんぼを初めとする瑞々しい果物の産地として、
そして勿論のこと、米処としても有名な、
東北の某県の高校生だそうで。
何でまたこんな場違いな所で、
あんなややこしいのにからまれていたんだと訊けば、
一年生全員で、修学旅行で大阪に来ていたのだそうで。
東京のネズミーに対抗するつもり…ってわけでもないんだろうけれど、
世界的に有名な白い犬と白い猫のアトラクションでも評判の、
ハリウッドをそのまま持って来たようなテーマパーク目指して。
クラスの友達と一緒に乗り換え移動していたはずが、
気がつきゃはぐれてしまってたのだとか。

 『USJか。』
 『だったら環状線に乗んなきゃな。』

西九条で乗り換えたら、あとはすぐなんだけど。
つか、この地下街を移動してたってことは、
JR沿線じゃないんだ、宿泊先…と。
こちらも厳密には地元民ではないながら、
それでも判る“地の利”を口にし。
どうせ暇だった身だ、送ってくからついといでと、
一人だけ真っ当な制服姿という顔触れを交えた陣営で、
JRの駅を目指す異様な一団が出来上がる。
さっきのチンピラ同様、見知らぬ顔触れには違いないが、
見かねて助けてくれたくらいで こちらは頼りになると思えたか。
だとすりゃ、案外ちゃっかりしたもので、
お姉さんたちの集団に素直について来る詰襟の坊やであり。
こっちはこっちで、
幼いお顔やつややかな黒い髪やら、
見れば見るほどにあの愛らしかった少女とかぶるものが多く。
どうしても気になるもんだから、
ちろちろと視線を向けてしまうの、誤魔化すつもりもあってのこと。

 『つか、なんでこの暑いのに詰襟着てんねや?自分。』

最初に聞くべきだったかもしれない“ツッコミどころ”に、
今頃になって言及した菊千代さんだったのへ、

 『は?』

雑踏のざわめきが邪魔して聞き取れなんだのか。
ああいやいや、そうかそうかと、そこは素早く気がついてやり。
どうしてあんた、こんな暑いのに詰襟着てるんだ?と、
関西弁で訊いたのをもう一度言い直してやれば、

 『あ、えっと。東京や大阪みてぇな都会っつったら、
  どごもかしごも冷房利いてて寒いかもしんねって。』

だども、学校行事の旅行なんで、
ジャージか制服以外のカッコしちゃなんねっていうのが決まり。
そこでと持って来たのを、
だがだが手に持ってるのも荷物になるのでと羽織っていたら、

 『気分が悪くなって目眩いを起こし、
  もたもたしてたら友達とはぐれた…と?』
 『んだ…。////////』

昔の、割とお姉さん気質だったところはどこへやら、
随分と天然の、困った性分ばかりが伸びてたもんだから。
理屈はすっ飛ばしての感触のようなもの、
第一印象から“そうだ”と思ったは間違いで。
やっぱり赤の他人じゃないのかなぁと、
じわじわ迷いつつあった菊千代だったもんの、

 「そこから色々訊いてみたらよ。
  水乃宮コマチっていって、
  姉貴はモデルをやってる“キララ・ミクマリ”。
  男にしちゃあ妙な名前がつけられたのは、
  父親が占星術の大家だそうで、占いで決めた名前だから、だそうだ。」

 「………おお、地味かと思や派手だったりして。」
 「ツッコミどころ満載ですね。」
 「???」

  でもでも、アタシらよりは理由に説得力があるような。
  そうですよね。
  ウチなんて何となくですよ? ぬぁにが日本画家の新星(当時)ですか。
  俺も……。(何となくだったらしい)
  え? 久蔵って本名なのか?
  〜〜〜
  ってぇ〜〜! 何すんだ、こらっ。
  ああ、これ久蔵殿、ハエタタキで人を叩かない。

女子高生同士のじゃれ合いにしちゃあ、
戦闘力が微妙に半端じゃない顔触れなので、
結構な破壊力での掴み合いになりかねないのが困りもの。
七郎次の制止をかいくぐっての
振りかぶられたハエタタキの第二波は、だが、
絶妙な間合いで襲ったにもかかわらず、
そちらさんも巧妙にトレイをかざして避けたもんだから。
弾かれた先にいた壮年殿が、おいおいと苦笑をしつつ、
柄のところを はっしと掴んで引き分けたほど。

 「〜〜〜〜。」
 「勘兵衛様っ。///////」

網の部分へは触れなんだのに、
お手を拭かないととおしぼりを差し出したヲトメの甲斐甲斐しさへ、
そこでまともに頭をぶたれた山科の女弁慶さんが苦笑をし。
直前まで眸を吊り上げてた紅ばらさんが、
意を得たりと“だろう?”と肩をすくめたことで、
小さな諍いはあっと言う間に、友情の復活へ塗り替わったものの、

 「で………さ。」

今度はひなげしさんが身を乗り出して来て、

 「ところで菊千代、あんたあんまり関西の訛りはないんだね。」

よくよく聞いてりゃあイントネーションはさすがに関西のそれだし、
語尾にもちらちら出てはいるけど、
使っている語句は判りやすいものばかり。
そこを平八が指摘すると、

 「ああ。それはまあ、そういうもんだって。」

妙なことを聞くねと、
それこそ虚を突かれたという、意外そうなお顔になったお菊さんであり。

 「相手を指して“自分(ら)”って言うたりする、
  そういう突飛な言い回しは別として、
  今時の子はあんまりべったべたな言葉は使わへん。」

指摘されたんで…という意識が出たか、
小さく笑いつつ、いかにもな西の言葉を混じえて見せ、

 「東京の人かって
  そうそう
  “てやんでい、なに言ってやがんでぇ”なんて
  江戸っ子丸出しな話し方はせぇへんやろ?」

 「う〜ん、まあねえ。」

気取ってるつもりじゃあないし、意識もしちゃあいない。
テレビだ映画だ、ネットだといった、
広汎性のある環境からの影響を受け、
蓄積されて来た語彙の均衡が標準語寄りになるせいと。
地元から離れる進学をした子には特に、
初めましてと一から付き合いが始まる人が多いせいか。
どの地域と限った話じゃあなくのこと、
高校生辺りから、言葉遣いから訛りが薄まる傾向があるようで。

 “もーりんさん、いきなり難しいぞ。”

あ、すまんすまん。
実をいや、私も
お友達とつるまないカッコで受けた高校や大学に進学した以降、
言葉遣いがめきめきと標準語っぽくなったらしく。
話し方が気持ち悪いと
妹から言われ続けた覚えがあったもんで。(苦笑)
それへ加えての言い分がまだあるようで、

 「それと……」

ここであらたまったように“んんんんっ”と咳払いをした菊千代嬢、

 「この顔触れを前にしてると、昔の記憶がチラチラするからかな。
  日頃からも女の子らしい話し方はしちゃあいないが、
  関西弁で話すのも、何か…照れ臭いっちゅうか、違和感満載でよ。」

そうと言って赤い髪へ大ぶりの手を差し入れ、
そのまま がしがし掻き回す彼女であり。
都会に出て標準語を使うようになった自分に照れるようなもんだろかとは、
のちに話を聞いた五郎兵衛殿の、
何とも的を射た言い回しだったが…それはともかく。

 「俺としては、是が非でもコマチのヴァイオリンを取り戻したい。
  それも、出来れば今日明日じゅうに。」

それをだけ望んでの、少々無茶をした上京だったのだそうであり。
真の事情とやらを、切り出そうというのへ向けて、
うんうんと身を乗り出したこちらの三華たちだったのは、
それが淡い恋心も滲んでる代物だろうと、
早くも嗅ぎつけたからでもあったりして……。






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